遅ればせながら、らいかーるとさんの著書「アナリシス・アイ」を読んだので読書感想文を書かせていただこうと思います。この本はブログサッカーの面白い戦術分析を心がけますの運営者のらいかーるとさんによって書かれた、サッカーの試合分析方法をまとめた本です。
まず、この素晴らしい本を世に出してくださったことを、著者であるらいかーるとさんはじめ、出版に関わった関係者の皆様に感謝したいと思います。読んでとても勇気づけられた作品でした。
そして、より多くのサッカーに関わる方やサッカーを楽しむ方に読んでいただきたいと思い、微力ながらそのお手伝いをできればなと思います。
この本の素晴らしい点を順にお伝えしたいと思います。
1 構成が素晴らしい
優れた本は構成が素晴らしい。このことはどんな分野の本にでも言えると思います。この本の構成も例外なく素晴らしく、非常にコンパクトにわかりやすくまとまっています。サッカーの分析に必要な視点を漏れなく無駄なく順序よく網羅しています。
第1章でサッカーにおいて最初に考えるべき要素(時間・スペース・配置・選手)について整理しています。これらはサッカーを思考する上で根っこにあたる部分で、世界中の優れた分析官に聞いても、ほとんど同じ答えが返ってくるはずです。ベーシックな部分というのは、抽象度が高く、整理するのが難しかったりするのですが、それを平易な言葉で説明してくれています。これにより、読者はサッカーのゲーム特性をすっきりと理解できるようになるでしょう。
第2章では試合の分析方法について具体的に触れています。これは木の幹にあたる部分です。配置図、いわゆるシステムとかフォーメーションを見る際に、キックオフ時やゴールキック時に注目しましょう、ということはよく言われることですが、ここではさらに先をゆく考え方に触れることができます。
例えば、試合の立ち上がりだけではそのチームの本来の配置が見られないことがあるという例や、配置ばかりに注目するのではなく、試合の局面を評価しましょうといったことです。このあたりは、著者の指導者としての経験が色濃く反映された視点のように思われ、本著にオリジナリティを加えています。
試合の流れをより深く見極める方法として選手の移動(ポジションチェンジ)や局面の変化(試合経過)への言及が続きます。試合の流れを見落とさないために、時間軸に沿ってどのような視点で分析を進めればよいかがシンプルにまとまっており、本著の中でも優れた章のうちのひとつです。
最後に枝葉にあたる部分です。第3〜5章ではピッチを3つのエリアに分けて、それぞれのエリアでの原則をまとめています。特に第3章のビルドアップに関しては、ポジションの取り方やロングボールの使い方についてとても整理されていて、読んでいて背中を押されたような気分になりました。「そうだ、この考え方でいいんだ」と。
プレーヤーや指導者の方の中にはときとして、周りの人たちの意見を取り入れるうちに、自分の中の戦術的な軸がぶれてしまうことがあると思います。これらの章で整理された力強い言葉たちは、自分の軸を取り戻すのに一役買ってくれること請け合いです。
2実例集がついている
第6章では代表戦の2試合を取り出して、これまでの分析方法からなにがわかるかということを実践してくれています。いわば演習問題が付録しているような感じです。ですから、本著をもとに分析体験ができるようになっているのです。読者には嬉しい構成です。
3 対象読者層が広い
この本は読む人を選びません。どんな人にとっても読みたいときに読んで、かならず何かしらのエッセンスを受け取れるように書かれています。サッカー初心者にとって嬉しいのはわかりやすく平易な言葉で書かれていることです。難しい戦術用語をいったん日本語に置き換えて説明してくれているので、子供が聞いてもイメージしやすくなっています。
もちろん経験者でも読む価値がある内容になっています。言葉の一つ一つが読者の経験と結びついてスッと腑に落ちるように書かれていて、その読書体験から勇気をもらうことができます。「そうだ、あのとき感じたことはこういうことだったんだ。だからこの方向でいいんだ」本著全体が非常に整然としているのです。それが読者を励ます波動となって優しくたゆたっています。
4 ピッチ上の肌感覚に触れることができる
読み進めると端々にピッチ上の生の声を聞くことができます。実際の試合では戦術ボードをいじるだけでは想定できないことが頻繁に起こります。例えば、『ボールを持てることと、試合の結果は必ずしも直結しません(p.105)』などです。選手や指導者をやっている方からすると「あるある」と思わずうなずいてしまう事象です。
p.127では読者にDFの視野を想像するように促しながら、縦パスによってDFの体の向きを動かす重要性を説いています。俯瞰した視点から語るだけでなく、このようにピッチの上で個々の選手に何が起こっているかをわかりやすく説明するのは、簡単そうに思えてとても難しいことです。試合を見るだけでは得られない知見が散りばめられていることが、本著の価値をさらに高めています。
5 新発見
ここでは紹介しきれないですが、新発見がたくさんあり、僕はたくさんの赤線を引きました。局面の変化、ロングボールの使い方と探り方、局面の繰り返しと噛み合わせ、守備の基準点(やっと意味がわかりました汗)、複数の基準点に対する移動とそれへの認知、局面への慣れ、大外のクロスなどなど。確実にサッカーIQが高まりました。
6 エッセンス
一方で、誰もが試行錯誤したあとにたどり着くであろう結論のようなものがさらっと書いてあることも本著の魅力です。例えば、ビルドアップの段階でMFがポジションを落とすなどの『移動は労力を使うので、ゾーン1ではあまりしないほうが得策です(p.108)』などです。あくまで一つの考え方ではありますが、移動を前提としたビルドアップはボールロスト時に大変なリスクを負うのが定説です。しかし、実際に自分でサッカーをするとプロに憧れて『サリー(ボランチ落としのビルドアップ)』を真似したくなります。でも、やってみると失敗ばかり。僕は4〜5年の失敗を経てようやく同じ結論に達することができました。
著者が戦術的な試行錯誤を代替体験してくれているので、本著を読むだけで数年分の時間を節約できることもあるでしょう。
まとめ
結局のところサッカーは人間がするスポーツです。選手たちは『将棋の駒ではなく、感情があり個体差がある(p.46)』のですから、きちんとモチベートされなければ能力を発揮できませんし、疲弊すれば集中力は低下します。また、試合の状況に慣れてしまえば疲労の度合いは軽減し、変化に晒されれば対応のために消耗します(この事実の言語化は素晴らしい!!)。
ゆえにピッチで何が起きているかを観察することが重要であり、適切な戦術的な行動を起こせるかどうかは日々の練習にかかっているのです。これが、戦術論とピッチ上のリアルの絶妙なバランスの上にいるらいかーるとさんが僕たちに送る、一本の芯の通ったメッセージなのだと思います。
試合分析というテーマは本来アカデミックなものなので、普通にやるとどうしてもとっつきにくくなってしまいます。だからといって指導経験がない人が書くと深掘りできず盤面上の話に終始しがちです。著者のらいかーるとさんには指導者であり、ヘヴィな観戦者であり、ライターであるという稀有なバックグラウンドがあります。この絶妙な三重奏の上に本著が成り立っていることが、わかりやすさを保証してくれているのだと思います。
最後まで読み通して、著者の日本サッカーへの思いを感じ取ることができました。読者である僕たち一人ひとりに何を見させようとしているか。この本は間違いなく僕たちの認知力を上げてくれる良著です。
アマゾンのコメントは著者にとって非常に嬉しいので、読み終わった方は是非アマゾンのページにてレビューを書いてみてはいかがでしょうか?
らいかーるとさんにいただいた自著のレビューも読んでいただけると嬉しいです。